2017年04月

2児の父親であり、心理療法士でもあるピエーロ・フェルッチさん(イタリア人)が書いた本『子どもという哲学者』を読みました。

子供を通して感じたこと、人生の新たな発見を豊かな文章力で表現している本で、もう一行一行「わかる…」と思いながらあっという間に読んでしまいました。私が息子を産んでから、また育てながら感じたことがそのまま書かれていて、というか正確にはなんとなく感じていながら上手く言葉に出来ずにいたことを明確に書いてくれていて、いっそ表紙の一部を細工し「著者:私」として本棚の一番目立つところに置いておきたいくらい(なんつー図々さだ)。もし身近に、子供なんて産んでどうするの? たくさんのものを失うのに? と問うてくる人がいたら、「この本を読んでほしい、ここに(私が言いたいことの)全てが書いてあるから」と答えたいくらい。

子供を持つと確かに多くを失いますが、得るものも莫大です。そして得られるのは、家が賑やかになるとか、老後の楽しみが増えるとか、そういうことだけじゃないんだ、もっともっと深い部分、人生の根幹に関わる部分が、自分の在り方が確かに大きく変わるのだということが、この本には平易な文章で書かれています。親になると、命や死、時間、人生、自分自身という存在、あらゆることへの見方・感じ方を変えることが出来るわけです。もちろん、「人生観を変えたいから」なんて理由で子供を産む人はあんまいないと思いますが、理由にはならずとも、意味としては素晴らしいのではないでしょうか(子供を産む意味)。
ただ、子供を持てば誰もが自動的に変わるわけではもちろんありません。子供のいる生活に不満たらたらになってしまうこともあります。そこで著者は「僕はこうやって切り替えた」と、その発想の転換について書き綴っています。

ー要するに、親であるということは、奴隷になって神経症を起こすか、未知の世界への心躍る旅に出るかの、どちらかなのだ。(p.15)


子供を持つと何が変わるかって、生活ですよね。夫婦間の豊かな時間や知的な会話はごっそり削られ、毎日が慌ただしく、最寄りのスーパーに行って卵を買うのが大変な労苦となり、狭い通路にわちゃわちゃと珍しい商品が溢れてる楽しいお店とはお別れしなければならない。
もちろん子供は可愛いし癒されるし面白いんだけど、でもやっぱりふとした瞬間に「子供がいなければ出来たこと」に思いを馳せてしまうんですよね。もっとゆっくり寝てたいなあとか、思い立った瞬間にさっと家を出て美術館行ってお茶してアニメイト行って帰宅してお菓子食べてお風呂入らないで寝ちゃう日曜日が懐かしいなあとか(汚ねーな)。

この著者ピエーロさんもそうで、インテリなのに夫婦の会話がおしっこがどうとかウンチがどうとかばっかになり、日の出より早く起きないと自分の時間が持てなくなり、食堂で一山いくらの食事をかき込むようになり……そんな生活を嘆きたくなる。でも彼はそんなことよりもっとポジティブな面に目を向けました。それは単に「でも子供ってぷくぷくしてて可愛いし!」「安い食堂でも意外と楽しいじゃん!?」ってことじゃなくて、自分の生き方に関わることや、あるいはより壮大で人間の神髄に触れるような変化。そして著者は、子育てを通して自分自身を新たに発見したわけです。

ーそうするとぼくのアイデンティティーもちがったふうに見えてきて、豊かで多彩になってくる。ひろがりができるのだ。そのひろがりへの意識が深まるにつれて、ぼく自身のイメージも前よりふくらむ。子どもたちと暮らしていると、一瞬ごとにすべてを考え直すようになり、より自分らしくなるのを感じる。たしかにぼくは変わったのだ。(p.78)

そして、育児の具体的な話もたくさん出てきます。二人の男児に関するエピソードは、正にあるあるって感じで、国が違ってもこんなに同じとは……普遍的すぎる……と驚く程です。ちょっとずれるけど、少し前にツイッターでコンビニのエロ本が話題になってましたが、イタリアに住む著者も「売店で子どもの目につくとこにゲスなポルノが売られてて不愉快」的なこと書いてます(ツイッターで、「欧米ではちゃんとゾーニングされてる」って主張を読んだ気もするが……)。
難しいこと抜きでも、単に育児あるあるエピソード集としても楽しめます。夫婦間の関係修復についても触れられてるし。

私は育児へのヒントあるいは答えを求めて、今まで色々と育児書を読んできました。そんで育児書ってのは大抵「正しい育児」として、「親というのはかくあるべし」ということが書いてあります。要は「大変だろうけど、子供のために我慢して」と。もちろん私もある程度の理想を持っていますが、それでも実際には「ちょっと待って〜」を連発しつつ自分の作業に夢中になってしまうし、強引に手を引っ張られると、あーもう……とため息をつきたくなることもある。
どんなに「子供のために」と言われても、親だって人間なんだからそこまで滅私奉公(滅私奉子?)できないですよね。

だけどこの本は、私達と同じように育児に奮闘している親が、「子育て意外とキツい。削られる。けど僕はこうしてみたんだ、こう考えるようにしたんだ、そしたら子供はこういう反応するし、僕の生活もこうなったわけよ」と書いているから、いくぶん受け入れやすいです。
そして著者のやり方は、子供と親双方が人間として豊かな人生を送るためのものです。なかには「それは理想論では」とか「あなたはそうしたのかもしれないけど、それは私には無理だ……」と思う部分もあるわけですが、それはまあ個人差なので。
ここに書かれているのは、取ってつけたような「うんうん、お父さんお母さんも大変だよねー↓ 辛いよねー↓ でも親なんだからちゃんとしよう?」という上辺だけの共感やお説教ではなく、著者自身の経験であるため、少なくとも私にとっては、これまで読んだどの育児書よりも説得力がありました。育児書をdisりたいわけでは決してないのですが!

ー子ども相手だと忍耐力が要る。これも子どもができる前から知っていた。でもじっさいに父親になってみるまでは、ちゃんとわかってはいなかった。並みの忍耐力ではつとまらないのだ。どんな性格で、どんな教育を受けている人でも、家庭をもったらある種のきまった状況に繰り返し直面せざるをえなくなる。同じことを何度も言うとか、たえず邪魔されるとか、子どものゆっくりしたリズムに合わせるとか、無秩序や混乱に慣れるとか、やりたいことを諦めるとか。(p.133)

そして一般的な育児書にも書いてあるような、「おざなりな対応しない」とか「期待を押し付けない」とか「頭ごなしに口うるさく言わない」とかを、もっと「何故そうしてはいけないのか、そうすることで僕達の人生はどうなっていくのか」を具体例を交えながら噛み砕いて述べているので、より納得できました。納得というか、身に付いた感じ。

ー彼らにとって大人というのは、図体はでかいが心ここにあらずの巨人で、たまにその気になったとしても、パンの切れ端くらいしか恵んでくれないやつなのだ。だから子どもと同じ高さになって、言うことにじっくり耳を傾けたら、彼らにとって大人は、どんなにちがった存在になることだろう。(p.26)


ーなぜ自分の期待を、子どもたちを通して実現させようとするのだろう。いまのぼくにはよくわかる。ぼくは自分では実現できなかったありとあらゆることを、子どもに肩がわりさせようとしていたのだ。ぼくにはできなかったから、おまえ、かわりにやってくれないか、ぼくはおまえのなかで暮らして、おまえをとおして満足したいから。(p.51-52)

実際、この本を読んだ後、息子の前でスマホやる時間を今以上に減らそうと自然に思えたし、「私の理想の息子像」を前提にして物を言ったり、息子の行動にあれこれ口出すのを少しやめるようになりました。いつまで続くかは分かりませんが……。
ちょうど昨日、車で大きな公園に行ったんですが、息子は大きな遊具もほどほどに端っこで木の枝を拾ったりしてたんですよね。そういうとき、いつもは「ねー、せっかく来たんだからあっちの大きな滑り台やりなよー」と息子に声かけたり、「これならわざわざ来る必要なかったよね。笑」とか夫と話したりしてしまうんですが、それは止めました。口に出す前に、「あ、そういうこと言うのやめよう」と思えました。そんなこと、息子にとって何の有益性もないし、アドバイスどころか息子の足を引っ張る言葉だと実感できたから。まーそのうちポロッと言っちゃったりもするんでしょうけど……。そこは完璧じゃなくてもいい……ですよね……。

ー親ならだれでも、気を落としたり自信をなくしたり、どうしていいかわからなくなったりすることがあると思う。ぼくだって幾度となくそんな体験をした。(p.141)

ちょっと胡散臭い……なんか「この本を読んで人生変わりました!」みたいな書き方になってしまったけど、別にこの本は「目覚めよ!」的な啓蒙書ではありません。著者はあくまで「僕はこうした」って書いてるだけで、どこにも「だから皆さんもそうしてください」とは書いてません(多分)。もちろん全然共感しない人もいると思う。著者は放任主義を自称してるし、何いってんだこいつと思う人も結講いるかもしれません。
子育てにいい加減うんざりしてる人や、端っから子供なんて人生の無駄だと信じてる人がこれを読んで気持ちが変わるかというと微妙ですが、育児にある程度やり甲斐を感じてて、子育ての深淵を見たい、親としてより意識を高めたいという人にはお薦めです。(と、意識低い系の私が言う……)

ー子どもたちはぼくらの仕事の成果ではないし、彼ら自身の人生も人格もある。けれども彼らの教育はぼくらの創意にかかっていて、よくもできるしいいかげんにもできる。「神はこまごましたことのなかにいる」という言葉がある。大がかりなことに自分のすべてを投入できる人はたくさんいる。しかし人の価値は、ささいなこととどう向き合うかにかかっている。(p.177)


子どもという哲学者
ピエーロ フェルッチ
草思社
1999-08


※写真が多いので、重かったらすみません…。

息子の誕生日に、横浜アンパンマンミュージアムに行ってきました。

ここでは誕生日の子供だけ特別イベントに参加できるそうで(誕生日当日じゃなくても可だと思う)、それを狙って行ったんですが……。ミュージアムのオープンは10時。着いたのが10時半。既に40名の定員に達したので締切ってました。30分で40人も誕生日の子来ちゃったの!?と驚きましたが、後で調べたらオープンと同時に締切、なんてこともよくあるようです。アンパンパワーを舐めていた。
つーか10時半時点でチケットブースの前に行列が出来ていて、入館までに10分程度かかったので、かなり早く着いてないとダメだったっぽいですね。平日なので大丈夫だろうと舐め切ってました。

中はそんなに混雑を感じず余裕を持って見られましたが、土日はすごそう。 
客層は当然ほとんど子連れでしたが、中には中国人観光客らしき若者もいました。中国でアンパンがどの程度知られてるかは謎ですが、若い人が来て楽しいもんなのかな? 私は割とアンパンが好きですが、それでもここは息子がいなかったらさすがにキツいです。どうでもいいけど、中国ではアンパンマンのことを「麺包超人」と言うらしく、それはいいとして、ばいきんまんが「細菌人」なのは涙を誘います。

息子は新高島駅のアンパンマンの道案内でもうテンションがアゲアゲでした。ミュージアムに着いてからは、はしゃぐというより、もうただただ圧倒されて、静かに感動を受け入れている……という感じすらしました。 一面にアンパンマンキャラが描かれた壁の前をゆっくり歩き、一人一人指をさしてホゥ……と堪能してたり。

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こういうジオラマ大好きなので(私が)楽しかったです。

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子供達が群がっていてなかなか上手く撮れなかったのですが、アンパン軍団勢揃いは圧巻でした。ばいきんまんは上空にいました。

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こういう小細工(?)があったり。

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誕生日イベントは逃しましたが、敷地内にある不二屋ペコズキッチンで550円の誕生日メニューを注文。11時くらいに入店したら割と空いてました。誕生日メニューは、名前入りプレート付きのデザートの他、アンパンマンケーキ(プラスチックの作り物)でローソク吹き消し、店員さん一名によるHappy Birthday唱歌、風船プレゼント、記念撮影などのサービスが付いています。
息子が上手にローソクを吹き消したのが嬉しかったです。一連のサービスの間、隣のテーブルのご家族が暖かく見守ってくれてたのも地味に嬉しかったです。
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デザートはホイップクリームとアイスがついてて、このへん息子に食べさせるのはどうかなと迷ったのですが、さすがにこれを取り上げるのは酷だったので一緒に食べました。名前入りのチョコプレートは私が食べたけどな!(美味しかったです)
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敷地内には他にもいくつか飲食店がありましたが、ベンチでお弁当を食べている家族なども結講いて、それも楽しそうでした。

あとはアンパンマン商品で埋め尽くされたお店でお土産を買い(ここで息子のテンションがMAX。おもちゃのサンプルがあったり、遊べるスペースがあったり、「ちょっと覗いてみよう」レベルでは済まないお店でした)、最後にミュージアムを一周し、お昼過ぎには離脱。
ミュージアム内には支援センターのように靴を脱いでおもちゃで遊べるスペースもありましたが、ここで遊び始めたらもう収拾がつかなくなるので逃げました。帰宅ラッシュに巻き込まれることだけは避けたかったため。
息子が帰りたくないと泣くかもな〜と思ってたのですが、意外とすんなり出ることができました。満足したのか、そろそろ帰りたかったのか、あるいは「もっと良い場所に行くのかも」と期待したのか……。帰りの電車ですぐに熟睡し始めたので、 多分疲れてたんだろうな。

滞在時間は食事含めて4時間くらい。一人1500円の入場料でしたが、子供はおもちゃが一個貰えるし(この日はシャッターを押すとアンパンマンが顔を出すカメラのおもちゃでした)、ちょうどミュージアム10周年でフォトスタンドが2個ついてたので、短い時間でも決して高い値段には思いませんでした。


誕生日イベントに参加できず最初はがっくりしたものの、 終わってみたらむしろ変に拘束されず自由に見て回れたし、レストランのお祝いがとても充実していたので、却って良かったんじゃないか?とすら思いました。誕生日イベントはお昼前から30分くらいかかるので、それに参加してたらレストランには行けなかったかもしれないし(さすがに12時過ぎ以降はかなり混んでいたし、数時間待ちなんて日もあるらしい)。

アンパンマン達とは写真が撮れませんでしたが、息子は館内で遭遇した食パンマンにもカレーパンマンにも「おぉ……」と畏怖を感じて戦くばかりで近寄らなかったし、アンパンが登場するショーもそんなにハマってなかったので、そんなに残念でもないかも。もちろん、機会があればお願いしたかったですが!
しかし初めて生で本物の(?)パン達を見ましたが、食パンマンが予想以上に美男子に見えてときめきました。ミュージアムに行ってから、パン達をより身近に感じるようになり、最近はカレーパンってやんちゃキャラっぽいけど実は一番大人だったりするよな〜とか思いながら見てます(私が)。


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後ろで立ち見したんですが、これはみんなで童謡を歌いましょう〜という感じで、幼稚園のお遊戯みたいでした。もっとこう、アンパンとばいきんの白熱のバトル、アン食カレーが熱い友情を誓い合うみたいなシーンがあると嬉しいです(私が)。

息子がアンパンマンにいつまでハマっているか分からないのですが、もしこの熱が来年まで続くのであれば、3歳の誕生日も行きたいです。今度は開館前から並ぶ覚悟で。

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今年もおかげ様で無事に誕生日を迎えることができました。

2歳って完全に幼児だと思うのですが、自分の子供に関してはまだ赤ちゃんに感じる部分もあり、でも子供らしさも垣間見え、なんとも可愛い年齢です。0歳も1歳もずっと可愛かったんですけど!
先日、久々に会った友人(女の子育児中)に「もうすっかり男の子だね」と言われて、そうなのか〜と思いました。確かに立ち姿なんかは男の子らしいかも。

0歳の頃は健康で大人しく好き嫌いなくよく食べていた息子は、1歳過ぎて結構体調を崩すようになり(特に秋〜冬くらい? 割と頻繁に風邪引いてたような覚えが)、児童館で走り回るようになり、食べムラも出てきました。食い意地だけは張っていて、朝起きて2秒でご飯食べたい!と主張するくせに、急いで朝ごはん用意して出しても手を付けなかったりとか。
食べるときは本当に食べるので、悩んでるわけではないんですが、場合によっては一食分丸ごと捨てないといけないのはちょっとストレスではありました。もったいないっていうのは当然として、生ゴミがね……。

息子は放っとくとお昼寝2〜3時間くらいするので、これまでは「この子はロングスリーパーなんだろう」と決めつけて寝かせてたんですが(とても助かったし)、先日バタバタしてて30分程度しか眠れなかったのに割と平気そうで、どっちにしても夜の睡眠にあまり影響がないということが判明しました。3時間昼寝しても30分でも夜は寝るし、朝も起きるので、それなら3時間も寝かせる必要がないのでは……? もしや今まで無意味に寝かせ過ぎだった……?と、一日のスケジュールを見直すべきか考え中です。
でもな〜昼寝時間に私も寝たり家事したり本読んだり寝たり夕食の準備したり寝たりしてるので、これが短くなると私の方に影響が出そうでな〜。しかし私が楽したいからという理由で息子の貴重な午後を惰眠で潰すのもどうかと思い……。決断の時なのかもしれません。うう。

あとはイヤイヤ期ってどんなもんなんだろう……というのと、今月から始まる親子教室(1歳半健診で引っ掛かった子達だけのクラス)に対する期待と不安があります。でもまあ今はとにかく家族揃って楽しく2歳をお祝いできたことに感謝したいです。

しかし去年はまだ歩いてもいなかったんだなあと思うと感慨深い。 今年も2歳になってくれてありがとうです。




誕生日の食事は結構がんばった! 〜以下写真〜

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アンパンマンポテトのありがたさ。スープもアンパンマンのやつです。

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タルトは生地から作ってみたのですが、結講美味しくてよかったです。しかしイチゴの乗せ方をもっと勉強しておくんだった。

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顎が……。

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これ見て盛りつけのセンスがないと改めて思いました。緑のやつ髪の毛みたいに見えるし……。

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これは「ばいきんまん!」と喜んでくれたものの、あまり食欲はそそらなかったようで、アンパンはんぺんパンチをおにぎりに向かって繰り出すのに夢中で、結講残してました。
 

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